ほっとけやん 第84話

わかやま新報2014年5月1日掲載

自由と笑顔のために…

くろしお作業所 城 喜貴

ウイーン、ウイーン。くろしお作業所(和歌山市楠本・生活介護事業)で、電動車椅子の移動する音、所々ぶつかる音、誘導する職員の声が常に響きます。
繁君は27才の青年です。脳性麻痺による体幹機能障害があり、筋肉の緊張が強く、手動の車椅子に乗っており体を思うように動かすことができません。でも、休日は家族やヘルパーと遠方まで出かけたり、くろしおでもレクリエーションが好きで、年1回のくろしおの旅行では夜ほとんど寝ないくらい外へ出ることが大好きです。また、アートにも興味があり、口にくわえた筆で絵を描く姿は、以前テレビで放映されたことがあるなど好奇心旺盛な彼ですが、いろんなことをしたいという気持ちが成長とともに強くなる一方、思うように動けない、言葉でうまく伝えられず、どうしても受身になってしまう。そんな自分に苛立ちを感じ、家族さんを責めたり作業所を休むことが度々ありました。
そんな彼に昨年末新しい電動車椅子が届き練習を始めました。練習の積み重ねと見守る人の思いが、彼を少しずつ変えていきました。
繁君のグループの作業は、法人内にあるクリーニング工場からおしぼりタオルをたたむ内職作業です。彼が手動車椅子の時の主な仕事は職員の持つタオルに穴や汚れがないか検品する係でしたが、集中する時間が短く、よそ見しながら「オッケー」と言う姿がよく見られました。しかし電動車椅子に乗り始めると、操作したくて「僕、運ぼか?」。職員と一緒に考え、車椅子に籠をつけ、運びをお願いすると率先して取り組んでくれるようになりました。
家では「明日も仕事やなあ。がんばろ」と話してくれているそうです。苛立ちもくろしおを休むことも減りました。自由を勝ち取り、皆に認められている。そんな喜びが大きく膨らんでいるのでしょう。大袈裟かも知れませんが、この電動車椅子との出会いが彼の人生において一つの転機になるのかもしれません。
一方で、今和歌山地裁では橋本電動車椅子訴訟が行われています。橋本市在住で重度の体幹機能障害のある上田新(うえだ・あらた)さんが、古い電動車椅子を買い換えるために支給申請を橋本市に出しました。市も一度は認め決定を出したものの、数ヵ月後に「操作能力がない、走行に危険が伴う」と一度認めた決定を却下しました。彼は10年程前から作業や車椅子サッカーで使用しており、今回の決定に対して訴訟を起こすことになりました。
7月に裁判は判決を迎えます。電動車椅子と繁君との出会いに大きな可能性を感じた私たちにとって、上田さんがこれからも笑顔と希望に満ちた人生を歩まれるよう繁君と共に応援、支援していきたいと思います。自由と笑顔を取り戻すために。